給料は全てパチンコと酒に消えた!ギャンブル依存症の夫と離婚

結婚して半年が経ったころ、真面目だった夫の変貌が始まります。

パチンコ依存症の発覚、仕事も転職を繰り返すようになっていったそうです。

また、お酒を飲んでは家で暴れるようになり、子育ても協力しなくなりました。

夫に愛想のつきた妻のIさんは、娘2人を連れて離婚すること決意。調停離婚をした当時のお話を詳しく伺いました。

【離婚時のプロフィール】

  • 妻(Iさん):20代後半
  • 元旦那:20代後半
  • 離婚までの結婚期間:5年以上10年未満
  • 子供:4歳と1歳の娘2人
  • 離婚種別:調停離婚
  • 親権:長女は旦那、次女は自分

パチンコとお酒から抜け出せない夫。貯金にまで手を出すように

お酒 ギャンブル

Q.離婚を考え始めた原因は何ですか?

当時の旦那は高校を中退し父親が営む個人経営を手伝っていました。

真面目で仕事もきっちりとする人だったので結婚しても幸せな家庭が築けると思っていました。

結婚後、初めの頃は仕事も真面目に行っており、父親から給料を手渡しされるため現金でもらっていました。

結婚半年後くらいから給料の額が少ないなと思っていたら、パチンコと飲み代に注ぎ込んでおりました。

それでもいくらかは生活費としてもらっており、私も正社員で働いていましたのでなんとか生活は出来ていました。

結婚二年目に長女が生まれ私も産休を取り初めての子育てをしている矢先に、義父と上手くいかないと突然仕事を辞めてきました。

そして、パチンコに明け暮れる日々が続き、お酒を飲めば暴れるといった生活が続いていました。

このままではと私も職場へ復帰しなんとか生活を立て直し、旦那も仕事を探して働きに出るようになり安心していた矢先、またパチンコ依存症が発覚。

給料を注ぎ込むようになりました。

子供もまだ小さかったことと2人目を授かっていたので、私も産休ギリギリまで頑張ろうと思ってたらまた仕事を辞めてきて、財布からお金を抜き取りパチンコへ行く日々が続きました。

その時に離婚を考えましたが、妊娠中だったことと、2人目が産まれたら変わるだろうと信じて2人目を出産。

出産費用の支払いをするために実母に貯めていたお金を家から持ってきて欲しいと頼むと中身が空っぽだと連絡がありました。

問い詰めるとパチンコと飲み代に全部使ってたようで、出産費用は実の両親に立替えてもらいました。

両親からは離婚をすすめられてましたが、産まれたての子を連れてさすがに離婚には踏み切れず、いつかもとの真面目な人に戻ってくれると信じていましたが、育児には全く協力しない、相変わらずのパチンコ、飲み歩き、職を転々とすることが一向に改善されず、結婚7年目に離婚を決意し結婚9年目に離婚をしました。

最後まで親権を譲らない夫。姉妹の親権はバラバラに

子供 親権 シングルマザー

Q.離婚に至るまでの流れを教えてください。

離婚を考え出したのは2人目の子が産まれた7年目です。

幼い子供と産まれたての赤ちゃんを連れての離婚は相当の覚悟でした。

このままだと生活どころか子供の将来にまで関わると離婚前提で子供を連れて実家へ逃げ帰りました。

その後、話し合いの場を設けましたが折り合いがつかず弁護士を入れました。

弁護士を介しての話し合いにも一向に折り合いがつかなかったため離婚調停となりました。

調停も1回では済まずなかなか折り合いがつきませんでしたが、旦那が上の娘を引き取ることを条件に離婚に応じると調停員の方から聞かされました。

当時上の娘は4歳で母親の愛情が必要だということと姉妹を離れ離れにすることは断じて応じれないと調停員へ伝えましたが、

そこを折れないと裁判になる。お辛いでしょうがここは応じた方が良い

と説得され、親権を上の娘は旦那が下の娘は私が持つことで離婚成立となりました。

辛い時期もあったが、金銭的にも余裕が生まれ、楽しく過ごせるように

シングルマザー 

Q.最後に離婚してよかったと思いますか?

幸いなことに正社員で働いていたので生活面には不安はありませんでしたが、やはり姉妹を離れ離れにしてしまったことに非常に悔やみました。

下の娘はまだ1歳だったので何もわかっていませんでしたが、上の娘と離れ離れになったことに泣き腫らしていました。

そんな私を見た実の母親が女の子は大人になったら必ず母親のところに帰ってくる。

今は下の子に一生懸命愛情を注いであげなさい。

その一言で、この子のために頑張らないとと言う気持ちになりました。

子は親の知らないところでスクスクと育ち今はもう大学生になりました。

幼い頃は私のお父さんは?と聞かれたこともありましたが、子供ながら察したのでしょう。

私が返答に困ったのを見てそれ以降娘は何も言いませんでした。

若い頃に苦労した分、今は金銭的にも余裕も出てきて辛い時期もありましたが今が楽しい分、離婚して良かったと心から思います。

上の娘とも連絡を取り合えるようになり、あの時の母親の女の子は帰ってくるという言葉は本当だったんだと思いました。

離婚しても親子はやはり親子なんだなとつくづく思いました。

あの時の決断は間違ってなかった。

離婚して良かったと思います。