アル中の夫と離婚。飲酒運転で交通事故後も酒をやめないダメ夫

妻 女性 悩み 悲しみ 離婚

アルコール依存症の夫。

どんなにお酒をやめるように説得してもやめてはくれず、ストレスから膠原病になってしまった50代女性のKさん。

離婚するのは「息子が自立するまで」と我慢していた結婚当時の事を、詳しくお話いただきました。

【離婚時のプロフィール】

  • 妻(Kさん):50代前半
  • 元夫:50代後半
  • 離婚までの結婚期間:20年以上25年未満
  • 子供:25歳の子供1人
  • 離婚種別:調停離婚

夫はアルコール依存症。飲酒運転で交通事故も

アルコール依存症 アル中 夫

Q.離婚を考え始めた原因は何ですか?

元・夫はアル中でした。

私のお腹に赤ちゃんがいる時に、お酒を飲んで交通事故を起こしました。

私の両親は「お腹の子供を下ろして離婚して人生をやり直せ」と言ったのですが、お腹の子供をおろすことはできませんでした。

夫は事故が起きた後いくら頼んでも、お酒をやめませんでしたが、仕事だけはきちんとやって給料をもらっていました。

私はストレスから膠原病になってしまい、フルタイムで働くことができなかったので、息子を育てるために我慢を重ねました。

夫はお酒を飲むと記憶をなくすので、「そんなことを言った覚えはない」「いや、言った」というケンカが多かったです。

また、言葉の暴力も多い人で(モラハラ)、これから手術を受けるために入院する私に、「もしもの時は、病院のどこに行けばいいのか」などと言うのです。

父が危篤状態の時も、「看護師さんに何時ごろに亡くなるか聞いてくるわ。明日の仕事の調整もあるし」と、夜中にICUのインターフォンを押して看護師をわざわざ呼び出して、聞きだすような人でした。

体調が悪くて晩御飯を作れずにお弁当を買ってきたら、「こんなメシで明日も働けって言うのか」と投げつけることもあったし、暑い日だからと冷製パスタを作ったら「麺類は昼に食べるもんや。こんなものが晩御飯で食えるか」と捨てたりもしました。

幹は交通事故とアル中ですが、こういったことも許せなかったです。

また、息子が夫のせいでイジメに遭ったこともありました。

夫が日曜日に公園のベンチに座って、缶ビールを飲みながら子供たちを眺めていたのです。

「おまえの父ちゃんはアル中」と言われたようです。

これらが、離婚の主な理由です。

子どもが自立したら離婚すると決め、我慢していた

離婚届 

Q.離婚に至るまでの流れを教えてください。

私の妊娠中に交通事故を起こした時点で、両親からは別れろと言われましたが、お腹の子供をおろすという事がどうしてもできませんでした。

しかし、私だけの力で子どもを育てていく自信もなかったです。

その時に、「子どもが自立したら離婚する」と決めていました。

子どもが就職するときに、片親では不利だと言う話はよく聞くので、子どものために父親は必要だと思ったのです。

また、私の両親に心配をかけたくなかったので、父が亡くなって母が認知症になってから、離婚への準備を始めました。

息子もアル中の父親をすごく嫌がっていました。

そのため息子は22歳の時に家を出て、一人暮らしを始めたのです。それに合わせて、私も半年後に別居を開始しました。

そして、その2年後に調停をして、離婚成立です。

その時は、膠原病で体調を壊していたので、調停が長期になるとストレスもかかってくるし、早く終わりにしたくて、4回の話し合いで離婚成立としました。

Q.離婚の中で最も大変だったことは何ですか?

夫が「無い袖は振れない」の一点張りで、財産分与をケチったことです。

こう言いう時だけはしっかりと守銭奴になっているのが、腹立たしかったし、なんとも悲しかったです。

そして、調停の時は体調を壊していたので、裁判所へ行くこと自体がしんどかったです。

電車で30分もあれば行けましたが、雪が舞う寒い日もあり、楽しい場所へ行くわけでもないので、結構なストレスになっていたと思います。

裁判所の人には、持病があることは伝えていて、「万が一の時は医者もいますから」と言われていましたが、不安でした。

持病を抱えながら働けるのか、ストレスで悪化しないか心配だった

ストレス 悩み

Q.離婚にあたって不安はありませんでした?

夫が、財産分与をケチるだろうなという事は予想していましたが、財産分与の金額が少ないと、私が老後に暮らしていけるかどうかが不安でした。

膠原病を抱えながら、私がどこまで働けるかが心配でした。

また、別居のストレスや調停のストレスで病気が悪化しないかなども心配でした。

あともう一つの心配が、夫の兄弟などがいろいろと言って来るのではないかと言う点も心配でした。

以前、何かの番組で「離婚するときは親戚やら、めったに会わない叔父さんや叔母さんまで出て来た」と言っていたので、ややこしい人が出てこないか心配でした。

幸いに、私の姉夫婦は離婚に賛成でした。

夫のお姉さんが出てきましたが、まあ女同士で義理のお姉さんも旦那さんにいろいろと不満はあったようで、「気持ちは良く分かる。私も自立できるなら離婚したいと常々思ってるし」と言ってたので、ホッとしました。

Q.離婚前にしておけばよかったと思うことはありますか?

もっともっと貯金をしておけば良かったと思っています。

離婚を考えた時点で、毎月離婚積み立てなどをこっそりとやっておけばよかったと思っています。

また、「家の中にある置いてきたものは、適当に処分してくれていいよ」と夫に言いましたが、コツコツと自分で売りに出すなどして、少しでもお金に変えれば良かったなと思っています。

別居するときに、必要最低限の物だけを持ち出したので、花嫁道具のタンスや鏡台、ダイヤモンドの指輪、食器棚、ブランド物のバッグや服などなど、すべて夫に任せてしまいました。

1日24時間を全て自分の為に使うことができ、充実している

Q.最後に離婚してよかったと思いますか?

離婚後はストレスを感じることがなくなったと思います。

夫の顔をみたり気配を感じるだけでも体調が悪くなることも多かったのです。

離婚後は少しずつ体調も良くなっています。

まあ、膠原病と言う病気は現代医学では完全に治癒することは難しいので、痛いとかだるいとか言いつつも仕事をして生きているという感じですが、気持ち的にはすごく楽になりました。

夫と一緒に過ごしているときは、しんどくても横になれなかったし、きちんと食事を作らないとダメだったけど、今は寝たい時は横になれるし、自分のペースで動けます。

1日24時間を全て自分のために使うことができるので、それなりに充実した時間を過ごせるし、ストレスも少ないです。

力仕事は旦那さんがいないと大変では?と時々友達には言われますが、そういうことをやってくれる男友達の1人くらいはいるので、大丈夫です。