モラハラ義両親と同居。家政婦扱いの生活を抜け出しシンママデビュー

妊娠してから夫は週末朝帰りを繰り返すようになり、義家族からはモラハラを受けるようになりました。

二児の母になり、夫の実家出て3年が経つ頃思い切って離婚。シングルマザーになることを決意。

離婚をするにあたって、年収1500万円の高給取りのはずの夫との養育費トラブルや、モラハラ義両親のいじめなど、当時の心境について詳しくお話いただきました。

【離婚時のプロフィール】

  • 妻(Aさん):30代前半
  • 元夫:30代前半
  • 離婚までの結婚期間:10年以上15年未満
  • 子供:6歳と4歳子供2人
  • 離婚種別:調停離婚
  • 親権:自分
  • 養育費:月6万円

夫は朝帰り、義家族からはモラハラ。家政婦のような生活に

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Q.離婚を考え始めた原因は何ですか?

付き合っていた頃はとても優しく面白い人でした。

結婚一年間はよかったのですが、私が妊娠してからは週末はいつも朝帰り、その当時は携帯電話もなく連絡のとりようがありませんでした。

そんな中私一人、義家族と一緒に夕食を食べる日々が続きました。

義家族からも親は死んだと思えなどとモラハラ的な暴言、長男が生まれてからは、夜中授乳で起きるにも関わらず、お昼寝もさせてもらえずまるで家政婦の様な生活でした。

主人は身勝手で私の悩みなど聞いてもくれませんでした。

長男が生まれてからも朝帰りはちょくちょくありました。

今思えば浮気をしていたのだろうと思います。

Q.離婚に至るまでの流れを教えてください。

具体的に離婚を考え始めたのは、とりあえず主人の実家を出てマンションに住んで三年目の頃で、長男が5歳次男が3歳の時でした。

義家族からも毎日の様に電話があり、留守電にしていると、私の実家、妹の家にまで電話をして私がきているか確かめられていました。

その頃から私はパートに出て少しでしたが給料もいただいており、養育費があれば何とかやっていけるのではと思い離婚を切り出しました。

しかし、主人は絶対に離婚はしないとの一点張りでした。

何度かマンションを出てもらい、私の離婚の決意が揺らがないと思ったのか一年後に離婚届けにサインをしてくれ、離婚が成立しました。

夫の年収1500万円。提案された養育費は子供2人で月4万円、、、

養育費 子育て

Q.離婚にあたって不安はありませんでした?

特に不安に思った事はありませんが、子ども達に悲しい思いをさせるのではという事が心配でした。

とにかく主人や義家族から逃れたいの一心でした。

お金の事は高校、大学へ進学した時の事は心配でしたが、主人は収入が多かった為、支払わない場合は家庭裁判所に相談すれば大丈夫だろうと考えておりました。

不安は的中し養育費の支払いを次第と下げてきたので家庭裁判所へ出向き私の収入と主人の収入を確認してもらい毎月の養育費の金額を決めて頂きました。

仕事は運よく正社員として再就職ができました。

Q.離婚後に元旦那との間で何かトラブルはありましたか?

主人は最初月6万円は支払うと言っていましたが、徐々に額を減らされていきました。

1500万円の年収があるにも関わらず、2人で4万円まで下げられたので、弁護士さんに相談して、養育費は子供が受け取る権利があるからお母さんが頑張ってくださいと言われ、家庭裁判所へ出向き相談してお互いの年収の証拠を提出することになりました。

しかし主人ははじめ嘘をついて800万円まで年収が下がったと言い、証拠を提出しなかったようです。

でも家庭裁判所の方が提出しなければ家庭裁判所の権限で会社へ行きますと話すと通帳などを提出したそうです。

Q.離婚の中で最も大変だったことは何ですか?

主人がなかなか離婚に応じてくれなかった事と、義家族からのモラハラでした。

主人は営業職でまだ離婚前に私がーパートを始めてからは主人が休みが平日だったので、子どもの送り迎えを頼んでも自分はパチンコへ出かけて遊んでいたにも関わらず、自分も子供たちの面倒を見ていた、俺が食わせてやっているなどと言い、義家族からも同じような箏を言われ、中々前へ進むことが出来ませんでした。

親権には主人はこだわりませんでしたので、その点は大変ではありませんでしたが、毎日の様にマンションに押しかけてきて文句を言われていました。

子供達が立派に育ってくれて感謝している

仕事 社会人

Q.最後に離婚してよかったと思いますか?

始めは子供たちが小学生だったので生活が楽とは言えませんが、さほど苦労はありませんでした。

家庭裁判所へ行った事で養育費も月10万円もらえていて児童手当もありましたので、どうにか生活ができ、主人や義家族からの暴言から解放されたのが原因なのか、周りの方々から明るくなったとよく言われるようになりました。

自身では意識していなかったのですが、そんなに暗い様子だったのかと思いました。

子ども達もきちんと勉学、部活動に励み寂しい思いもさせたと思いますが、今では大きな会社で立派に働いております。

子ども達が立派に育ってくれたことに心から感謝しています。