バツイチ子持ちの再婚。2度目の失敗はしたくなかったけど・・

主婦 悩み 

バツイチ、子持ちで再婚をした妻Hさんのエピソードを紹介します。

2度目の結婚は慎重に相手を選んだHさんでしたが、残念ながら離婚をすることになったそうです。

きっかけは、セックスレス。夫からの愛を感じず、家事・洗濯だけの生活はまるで女中のような生活だったそうです。

それでもなんとか家族のために上手くやろうと努力をしましたが、最後は夫を嫌い精神的におかしくなっていく娘のために、離婚をすることにしたそうです。

【離婚時のプロフィール】

  • 妻(Hさん):50代前半
  • 元夫:40代後半
  • 離婚までの結婚期間:15年以上20年未満
  • 子供:24歳の息子と16歳の娘
  • 離婚種別:協議離婚
  • 親権:自分
  • 養育費:月3万5千円

ふと鏡に映る自分を見て、女としての魅力のなさに愕然とした

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Q.元夫との出会いから結婚に至るまでの流れを教えてください。

私はもうすでにバツイチで子供がいました。

離婚手続きで元夫の家の近くに滞在しているときにこの人と知り合いました。

知り合ったというよりも街で歩いている私を彼が見かけたとのことでした。

たまたま彼と一緒にいたのが私の知人だったのです。

この共通の友だちが私に電話をしてきて、私は仕方なくデートを受けました。

私はこの当時誰ともお付き合いする気がありませんでしたから、この知人の顔を立てるためだけにしぶしぶ会いました。

遠距離だったのでメールやファックスでのやりとりをしました。

もう過ちは嫌だったので母にも相談してみました。

母も「いい人だ」と大賛成。

その後一か月私の連れ子と一緒に住んでみよう、とトライして、その後、同居、結婚へと至りました。

Q.離婚を考え始めた原因は何ですか?

彼との子供を出産後、私は母として育児とパート、彼は父として自営の仕事に頑張る日々でした。

子供が保育園に入るちょっと前、ふと鏡に映った自分をみて、あまりに世間ずれして魅力のない女になっていることに唖然としてしまい、夫婦生活も何もないことにふと気づいたのでした。

私は家族も大切にしたいし、夫とも仲良く、スキンシップもしていきたいので、私から夫に近づきました。

スキンシップやセックスは私にとっては愛の一部ですから、それをするのは当然なのに何年もお互いに忘れていたのですから。

ところが夫はいろんな理由をつけて断り続けました。

私は自信を無くし、よく泣きながら過ごしました。

そんな中でもときどき折をみては辛抱つよく夫に近づいてスキンシップしようと試みました。

そんな期間が2.3年続いたでしょうか。

その間、彼は私をよくなじりました。「お前はなにもする気がない」「なにもできない」と。

その当時は気にしていませんでしたが、今になるとそれらの言葉がどれだけ私を傷つけていたか、、今になって実感しています。

2.3年の私の努力を経て、私はもう夫に近づくのをやめて単に家族の一員、母親としての役割をずっとやってきました。

辛かったです。

まるで支払いのない女中みたいな気分でした。

それからまた5.6年経った頃に急に夫が目覚めたのです。

「この家には愛がないじゃないか」と。

「私がもうずっと前にあなたに言ってきたでしょ?それをあなたは私をいつもバカにして私を見てこなかった」と言い返しました。

夫は自分がしてきたことを全く覚えていないようでした。

離婚はしたくなかったので、なんとか夫婦の関係を取り戻そうとしました。

私は急に夫に近寄られても急にセックスなどできませんでした。

10年も拒まれてきた私に愛情など急にあふれるわけありません。

もちろん家族愛はあるつもりです。でも男女の愛は彼にはありませんでした。

私は「今まで私をさんざん無視してきたんだから、男女の関係、夫婦の関係になるにはそれなりに時間がかかる」と彼に言いました。

ほぼ一年くらいたったでしょうか、なかなか夫婦仲がよくならないことにしびれをきらした夫が「僕は出ていくから。外で幸せを見つけれそうな気がする」と言って自分の両親のところに出ていきました。

夫婦二人だけのもつれに限らず、子供の精神的打撃がひどいこともありました。

上の私の連れ子は幸い成年していたので、それなりに理解したようでしたが、下の子供は激やせし手首を切ったりしていたのです。

それは私はきづいていなかったのですが、夫が目覚めて妙にべたべたしてくる時期よりも前でした。

きっと私はかなり不幸で自分の子供のことさえ気をつかってあげれなかったのでしょう。

夫が妙にべたべた始めてからは子供(ティーンエージャーの娘)も自分の父親の急変ぶりを気持ち悪がり、私も気分を害する娘の顔や大声で叫ぶ娘を見るのがつらくなりました。

バツ2はしたくなかったけど、、精神的に限界を迎えた娘のため離婚

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Q.離婚に至るまでの流れを教えてください。

離婚を希望したのは夫の方で、私は「家族」としてのみならなんとかやっていけるので離婚は反対でした。

それでも夫の強い離婚への希望と娘が常に精神的に辛そうにしているのを見て、私も離婚を認めざるとえませんでした。

結果的にこれでよかったと思っていますけれど。

その後は一人の弁護士に取り決めを決めていってもらうのでしたが、この弁護士が夫の友人で、時折夫に有利にみえる条件を出してくる感じがあったので(結局そうでもなかったのですが)夫は夫の弁護士、私は私の弁護士をたのんで、4人で取り決めを決めていきました。

弁護士もいろいろと性格が違うもので、最初の私の弁護士は私は相性が合わず、お断わりして別の弁護士に変えてました。

この弁護士とは私ともうまく相性もあい、いろいろと相談に乗ってもらい、できるだけ私にいい条件で取り決めしてもらえました。

Q.離婚交渉で最も苦労したことは何ですか?

養育費の設定が一番大変でした。

他人の話をきいても人それぞれです。

何よりも夫も定収入、私も定収入の中での別居ですから、以前よりもお互いに貧乏になるのは当たり前なのですが。

ないお金の中で娘への養育費を絞り出すのが大変でした。

彼の収入を考えると高くは望めませんでしたが、一度契約してしまうとずっと低額のままになってしまうので、少しでも高く設定してもらうのが一番大変でした。

共通のローンが残っている家をどうやって売って、その後どうやって夫と私と子供で住むようにしていくかも争点でした。

お金の不安、心の不安、、何かにつけて不安で胸がいっぱいになる

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Q.離婚にあたって不安はありませんでした?

経済的に私一人で子供二人を養っていけるか、もちろん私はパート的な仕事はしていますが、雇用契約ではないですし、手に職もないです。

夫がいなくなり、別の家に住むことで生き延びれるのかどうか。

もちろん今でも不安です。

一人で子供の学校のこと、見の周りのこと、できるのだろうか。将来、ずっと私は独りぼっちなんだろうか。

パートナーもほしいですが、いつかはできるのだろうか、それともいつまでも娘の世話をして年取っていくのだろうか、という不安もありました。

Q.離婚の中で最も大変だったことは何ですか?

まず今でもそうですが、何かにつけ不安になります。

経済的なことは、今現在はなんとかなっていますが、貯金ができません。

子供の大学入学はどうなるんだろうか、という不安。

自分の老後の不安もあります。

私は正社員で務めた時期は若い頃にしかないので、年金がほとんどありません。

心細いのでボーイフレンドなり彼氏なりがほしいですが、これという人もなかなか見つけられません。

離婚後はいろいろな面で四苦八苦しましたし、子供ともしょっちゅう言い争いをしていた不安定な時期でした。

心の不安、相談できる人がいない、打ち込める趣味もないという状況でした。

Q.離婚前にしておけばよかったと思うことはありますか?

離婚は予定してくるわけではないので(私の場合は)、実際に前もって準備はできないでしょう。

けれど、今離婚してみて思うことは、女一人でも生きていける状況をつくっておけばよかったと痛感しています。

もちろん財政的な面が一番です。

手に職をつける。資格を取っておく。よっては仕事も探しやすくなるでしょう。

それから夫に従属しすぎないで自分の世界(もちろん仕事も兼ねて)を作っておけばよかったと思います。

自分だけの世界、人間関係があると孤独感もちょっとはまぎれるでしょうし、新しい未来への手助けになってくれるはずです。

Q.最後に離婚してよかったと思いますか?

今でも精神面ではかなり不安です。

誰も頼れる人がいないので、なにかあるとへこんでしまい、落ち込みます。

金銭的にも貧乏生活をしています。

そんな中でも、元夫からの「お前は何もできない」「何もしていない」と言われることがない、というのが、少しずつ自分の自信を取り戻すきっかけになってきていて、辛い中にもささいな幸せをみつけてきています。

自分の尊厳をつぶしていたのが元夫の言葉だったんですね。

これらの言葉をきかないでいいということが私をポジティブにさせることが多くあります。