約束した養育費が払われない!踏み倒した元夫は住所不定になった

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家庭内暴力、モラハラ、酒乱、とにかくサイテーの旦那だったと語る妻Aさん。

やっとの思いでDV夫と離婚することができたものの、今度は元夫からの養育費の未払いに苦しんだそうです。

そんな苦労を乗り越え、シングルマザーとして立派に娘を育て上げたAさんに、離婚当時のお話を語って頂きました。

【離婚時のプロフィール】

  • 妻(Aさん):50代前半
  • 元夫:30代前半
  • 離婚までの結婚期間:3年以上5年未満
  • 子供:2歳の娘1人
  • 離婚種別:協議離婚
  • 親権:自分
  • 養育費:幼稚園卒園までは35,000円。小学校からは25,000円。
  • 慰謝料:なし

妊娠中から始まった夫のDV。何度も夫から逃げ出した

子供 DV 妻 女性Q.元夫との出会いから結婚に至るまでの流れを教えてください。

趣味のネットサークルのオフ会で知り合い、私の勤務先に入社して同僚となりました。

こちらの地域に知り合いもいない為、何度か会ううちに親しくなってお付き合いをするようになり、子供を授かった為に結婚を決めました。

特にプロポーズの言葉はなかったと思います。生みたかったら生めばのような感じでしたので、その発言で一気に気持ちは冷めましたが、子供は生みたかったので結婚することにしました。

ですが、そのころにはすでに子供のために結婚はするけれど、子供が1歳になったら離婚しようと思いながら決めた結婚でした。

Q.離婚を考え始めた原因は何ですか?

結婚を決めた時から既に子供が1歳になるまでの我慢と思っていましたが、入籍してから挙式までの間に、既にDVや精神異常であることを知り、何度も逃げながら生活していました。

同じ会社であることから挙式をやめることはできず、全く嬉しくない気持ちのまま盛大な結婚式を挙げました。

新婚旅行中もDVがひどく、妊娠中にも暴力を振るわれました。

子供が生まれてからは、子供をかわいがってはいましたが、外から帰った汚い手で赤ちゃんの口元を触ったりするのは耐えられませんでした。

産休が終わり、仕事、育児とほとんどワンオペで行っていましたが、掃除が徹底していないとか、自分の給料が安いというのかとか、モラハラな発言や、お酒を飲んでは暴言を吐いたり包丁を振り回したり、とにかく私は子供を守ることに必死でした。

何度も裸足で逃げ出しました。

もともと子供が1歳になったら離婚しようと決めていましたが、結局2歳まで酒乱、モラハラ、異常行動、DVに耐えました。

何度も話し合い、酒乱であることからお酒はやめると言ってもやめることはなく、お金使いも部下におごってばかりで散財、私の独身時代の貯金にも頼るようになりました。

しかし、包丁を振り回すようになってからは、もしかしたら子供も私も殺されるかも知れない。もうこれ以上は耐えられないし、身の危険を感じ、離婚を決意しました。

私が独身時代に貯めたお金まで、夫は勝手に使い込んでいた

離婚 夫婦 離婚届 サインQ.離婚に至るまでの流れを教えてください。

最初は離婚なんてしないと心にもないことを口にしてはいましたが、結局はあっさりと離婚に承諾しました。

ですが、私の独身時代に貯めた貯金で自分のものを買った分のお金は返してくれず、とにかく早く出て行ってほしかったので、お金を返してもらうことは諦めました。

親権についても、心にもない「子供は渡さない」と1回だけ口にしましたが、あっさりと親権を私にと承諾されました。

親にすら結婚したことを伝えてなかったらしく、家族の反対などはなく、すんなりと離婚が決まりました。結局、先方も離婚して自由になりたかったんじゃないかと思います。

全くもって家族に対しての愛情を感じることはありませんでしたので、離婚届けにはあっさりサインされました。

Q.離婚交渉で最も苦労したことは何ですか?

私が独身時代に貯金したお金を返してくれなかったことです。

「結婚してからは2人のものだ」とか言われましたが、あとになって、独身時代のお金は2人のお金じゃないということを知り、ものすごく後悔しました。

そのお金は自分の趣味の300万ぐらいするものの頭金にされたものでしたので。

もともと、離婚することに対して相手は何とも思っていなかったようなので、苦労したのはお金のことだけです。

弁護士や家裁にもちこむという知識があれば、この苦労や悔しさもなかったことと思います。今でも悔やまれます。

Q.離婚にあたって不安はありませんでした?

正社員での仕事もしていましたし、手に職もありましたし、絶大な信頼をおける親がいましたので、離婚後の不安は何もありませんでした。

とにかくその危険な状況から脱することしか考えていませんでした。

離婚して出て行ってもらうまで、子供と自分の身を守りきれるかどうかが不安でした。

強いていえば、子供の苗字が変わることについて、お友達や親御さんたちから何か悪く思われるのではないかという心配はありましたが、全く問題ありませんでした。

Q.離婚の中で最も大変だったことは何ですか?

氏の変更や諸々の変更手続きが面倒でしたが、離婚したことによって、平穏な生活を送ることができるようになったため、特に大変と感じたことはありません。

ただ、一人で子供を育てるため、収入増のため転職活動をし、すんなり転職先は決まりましたが、特例での採用となった為、そこで必要な資格を取得するために、朝4時まで勉強して7時には起きてという生活がしばらく続いたことは寝不足続きで大変といえば大変でした。

子供が熱を出したりして仕事を休まなければならないことが少なからずあったので、職場に対しての申し訳なさがあったという意味での大変さはありました。

養育費を督促したいが、報復が怖くて夫の会社に連絡ができなかった

女性 証拠 携帯 スマホQ.離婚後に元夫との間で何かトラブルはありましたか?

子供の行事には参加するという約束でしたが、幼稚園の運動会を最後に、その後の行事に誘っても全く来なくなりました。

2回ほど子供と3人で遊びに(面会)行きましたが、子供が会いたいと言っても、連絡すら取れなくなりました。

また、わずかな養育費も滞り、5年後ぐらいにはまったく振り込まれなくなり、連絡をしてもまったく連絡とれず。

結局10年後ぐらいに調停に持ち込んで、更に安い金額になりましたが1年ほど養育費が支払われましたが、また振り込みがなくなり、催促しても無視。

家裁からの連絡にも応じなくなり、かなりの額の養育費が未納のまま、居場所も不明になりました。

Q.離婚前にしておけばよかったと思うことはありますか?

完全に相手に非がある離婚でしたので、もっと早く弁護士に相談したり、調停を挟んだりして、養育費や慰謝料や財産分与など、きっちり計算してもらって決めておけば良かったと思います。

とにかく早く出て行って欲しいという気持ちで、最低限の金額で承諾してしましました。

その頃はまだDVについて問題視されていなかったので、今思えばもっと全てにおいてきっちりしておけば、もっと多くの養育費をとり、慰謝料や財産分与もかなりとれたと悔しい思いでいっぱいです。

身の危険を感じたときに、警察を呼んだりしておけばよかったとも思います。

会社の上司に相談しようとは思いましたが、報復が怖くてできませんでした。

周りの協力のおかげで、ひとり親でも不自由なく子育てができた

母子家庭 シングルマザー シンママQ.最後に離婚してよかったと思いますか?

毎日恐怖の中で生活していましたが、離婚したら子供と二人で平穏な生活をすることができるようになりました。

ひとり親であることにも不自由なく、自分の収入で金選定な不自由さもさせるおとなく子供を育てることができました。

周囲の友達や親御さんたちとも変わらず仲良くしてもらい、仕事があるゆえ子供がひとりになることがあれば助けてくれる人が必ずいましたし、子供もすぐに父親に会いたいと思わなくなり、ひとり親であることも気にしていなかったようです。

なにより、恐怖から解放され、ふたりで幸せに楽しく生活することができるようになり、離婚して本当に良かったと思っています。