マリッジブルーを我慢して結婚したものの、結局離婚した妻の体験談

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マリッジブルーはきっと一時的なもの。

そう思って結婚したものの、夫を嫌う気持ちは日に日にでかくなり、ついに離婚を決意した妻Rさん。

今回はそんなRさんの離婚エピソードを紹介します。

【離婚時のプロフィール】

  • 妻(Rさん):30代後半
  • 元夫:30代後半
  • 離婚までの結婚期間:3年以上5年未満
  • 子供:なし
  • 離婚種別:協議離婚

結婚前からどんどん夫の嫌なところが見えてきた

慰謝料 養育費 和解金Q.元夫との出会いから結婚に至るまでの流れを教えてください。

元夫とは、大学時代に、仲のいい親友を通して知り合いました。

仲の良い男女のグループの一員として遊んでいました。印象は好印象でした。

お互いの当時の彼氏彼女の話ももちろんしていましたし、何でも話せる男友達といったとことでした。

自分に彼氏がいたときふと「あいつが彼氏だったらきっと楽だろうな」と考えることもありました。

それが8年くらい続き、突然向こうから告白されました。

初めは戸惑いましたが、ちょうど30手前で結婚適齢期でしたので、結婚するなら昔からしっているこんなやつとしたほうがいいのかな、、という感じであれよあれよという間に結婚前提でお付き合いすることになりました。

Q.離婚を考え始めた原因は何ですか?

結婚前から相手に不満がありました。

長年の仲のいい友人でしたので、そういった点では気楽でしたし通常は楽しかったと思います。

ですが、付き合ってからだんだんと嫌な面が見え始め、内心は「もし20代前半だったら別れてるな・・」と思っていました。

主に彼の口だけの性格や、嘘をつくところが結婚が近づくにつれてどんどん嫌になっていったのです。

それでも、結婚式は近づいてしまい、マリッジブルーなのだ、きっと結婚したらいい方向に進むと自分に言い聞かせました。

結婚して2年したある日、借金が見つかりました。200万ほどです。

彼を問い詰めましたが、一向にしらばっくれるだけでした。私は悲しかったんです。

借金があることに関してはショックでしたが、それが悲しかったのではなく、結婚して家族になったのだから、一緒に協力して返済していきたかった。

それが彼は借金の詳細は一切提示してくれず、ただお金の工面をしてくれというばかりでした。

そのころから、だんだんと離婚を考え始めました。

最終的に、私のことを家族として信頼してくれなかったことと、私が相手に対して尊敬できなくなったこと、これから先の将来、一緒に生きていく意味がないと感じたので離婚を決意しました。

借金が発覚してからというもの、生活費ははじめは私の貯金で賄っていましたが、相手は全て私に頼ってきていました。

それどころか、毎晩オンラインゲームに夢中になっている始末。

また、そのころから私の年収が彼の年収を大幅に上回ることになりました。

それでも、家事は全て私。。となり、全く相手に魅力を感じることができなくなりました。

夫は毎晩ゲーム三昧。さらに借金まであった。もう我慢の限界でした

話し合い 離婚 相談Q.離婚に至るまでの流れを教えてください。

離婚を切り出したのは、彼にとっては突然だったのかもしれません。

ですが、私は一日でも早く離れたかったのです。

この時期になると、触れられるのも嫌悪感がありました。

借金の返済も、家事も全て妻にやらせ、自分は安月給で夜な夜なオンラインゲーム。もう限界でした。

私は、いつ離婚してもいいように、仕事から帰宅してから夜中まで毎晩資格の勉強をして、この先自立できるように備えていました。

そんなある日、たまたま会社の飲み会があり、参加したのをきっかけに結婚して初めて朝帰りをしました。

当然元夫は怒っており、その晩に話し合いをしました。

その際に離婚を切り出しました。

それから、はじめは実家に別居という形で転がり込みましたが、その後アパートを借り、一人暮らしを始めました。

元夫は、また戻ってきてほしいと懇願しておりましたが、戻りませんの一点張りを繰り返し、別居後、約10か月後に離婚成立しました。

最後は元夫が根負けする形でした。

財産もありませんでしたので、協議離婚という形で済みました。

Q.離婚交渉で最も苦労したことは何ですか?

別居したのはいいものの、はじめは週末に会って、話し合い・・の繰り返しでした。

話し合いの内容は毎回同じです。

なぜ私が出ていったのかの説明と、元夫からの帰ってきてくれの無限ループです。

それが毎週末となると、本当に疲れました。。

浮気してるんじゃないか、とか彼氏がいるからだろとか散々言われたり。

毎回二人で喫茶店や居酒屋で会うのですが、お酒が入るとどんどん声が大きくなっていったり、同じことを何回も繰り返したり、怖かったです。

両親や、良好な関係だった義両親を悲しませたのは辛かった

女性 1人 離婚Q.離婚にあたって不安はありませんでした?

やはり両親を悲しませてしまうと思うととても不安でした。

また、相手のご両親はとても良い方々でしたし、お世話になりましたので、このまま何も挨拶もせずにお別れしてしまうと思うと悲しかったです。

あとは、30代半ばでしたので、もう二回目はないかなという漠然な諦めと、それと同時に、これから女一人で死ぬまで稼がなければいけない、という不安は大きいです、今もですけど。

パートナーがいれば自分が病気になったときに頼れますが、一人ですと誰にも頼れませんからね。

Q.離婚の中で最も大変だったことは何ですか?

友人たちへの離婚報告はつらいものがありました。

元夫はもともとは長年の友人でしたので、それを取り巻く共通の友人も多く、皆さんを裏切った形となりましたので。

また、自身の親戚への報告も辛かったです。

両親世代まではまだ離婚については寛容ですが、祖母祖父世代になりますと、あまり理解はされません。

また、独り身になりましたので、親戚の集まりなど、行かなくなってしまいました。

いちいち説明するのがめんどくさいのもありますし、単純に恥ずかしいからだと思います。

基本的に離婚したことはOPENに話していますが、やはり、職場の飲みの席などでは、自分はいいのですが、気を使ってくる方もいて、逆にそれが鬱陶しいですね。

もう二度と結婚しません。今後は一人の生活を謳歌します

名前変更 書類 手続きQ.離婚前にしておいてよかったと思うことはありますか?

離婚前に準備しておいてよかったことは、資格を取るために日々勉強していたことです。

資格がなくてもすでに正社員で働いていたので、独り身になっても特に心配はなかったのですが、それ以上に一人になることで何かあったら助けてくれる人がいなくなると思うと、もっと稼がなければ、、と考えていたので、資格を取って、もっと給料がいいところに転職を考えていました。

また、しておけばよかったこととしては、もっと貯金しておくべきだったかなと思います。

私の場合、別居した際の引っ越し費用ですとか、何かとお金が出ていきました。。。

Q.最後に離婚してよかったと思いますか?

確かに、既婚というステータスはなくなりました。

ですが、一度結婚しているので、一度結婚したことがある人。というカテゴリに入れてもらえます。

また、世間体よりも、なにより自分の気持ちがとても明るくなりました。

そもそも結婚に向いてなかったのだと思います。

今は、一人暮らしをとても謳歌しております。

二度と結婚はしません。

結婚→離婚という一つのプロジェクトを終えた感じがして、とても清々しいです。

これから先もどんどんいろいろな経験をしていきたいです。