モラハラ夫との結婚から離婚までの体験談。結婚生活は地獄だった

女性 離婚 悩み シンママ

保育士の資格を持つ元旦那は、子供が生まれてから、子育て方法について何かと妻Rさんに指示してくるようになりました。

それがどんどんエスカレートしていき、ついに元旦那はつRさんに対して暴力を振るうように。

そんなモラ夫・DV夫との離婚エピソードをRさんに語って頂きました。

【離婚時のプロフィール】

  • 妻(Rさん):30代前半
  • 元夫:30代後半
  • 離婚までの結婚期間:1年以上3年未満
  • 子供:3歳と2歳の娘2人
  • 離婚種別:裁判離婚
  • 親権:自分
  • 養育費:月4万円
  • 慰謝料:なし

育児について毎日説教をしてくるモラ夫。気づけば洗脳されていた

DV 暴力 夫 離婚 別居Q.元夫との出会いから結婚に至るまでの流れを教えてください。

元夫とは婚活イベントで出会い、何度か2人で会った後に彼から告白されて付き合うことになりました。

その頃は元夫はとても優しく、そんな彼に惹かれ私も何の疑いもなく結婚を前提にお付き合いしていました。

私は20代後半だったこともあり、今度付き合う人とは親権に結婚を考えようと決めていました。

そんなこともあり、はじめから結婚を意識しての付き合いでしたが、今考えると結婚を焦っていたと思います。

付き合いだして1年ほどで妊娠していることに気づき、結婚することになりました。

Q.離婚を考え始めた原因は何ですか?

彼は保育士の資格を持っていました。子どもが産まれると、彼は私に育児の方法を押しつけるようになりました。

ただ本人にはその自覚が全くなく、「あなたのために言っているんだ」などといい、私が従うまで持論を続ける始末でした。

子育てに悩んでいたこともあり、知識のある元夫に従ってやってみましたがうまくいかず、私が反論するようになるとまた怒られの繰り返しの日々でした。

そんな毎日にうんざりしていましたが、2人目が産まれ、さらに精神的にも体力的にも追い詰められていきました。

そんなある日、下の子がなかなか寝付けずにいたため、私は下の子を連れてドライブに出かけました。

やっと寝付くことができたため家に帰ると、私が夜中に子どもを連れて車ででかけたことに激怒した元夫がいつものように説教をはじめました。

私は話を聞くことが嫌になり、部屋を出ようとしましたが、いきなり腕をつかんで壁に投げ飛ばされ、髪をつかんで立たせ、さらに首を絞められました。

このままでは殺されるという恐怖心で、早く別れなければと離婚を考えるようになりました。

元夫の言いなりになっていた私は、ある意味洗脳されていたのだと思います。

暴力を振るわれても、私が悪いからこうなったんだと思っていました。

とはいえ、恐怖心もあったためしばらく子どもを連れて実家に戻ることにしました。

実家に戻り、親や兄弟から離婚するよう言われましたが、私は子どものこともあるため離婚に踏み切ることがなかなかできませんでした。

しかし、元夫から離れて生活する中で今までうまくいかなかった育児が少しずつ変わっていきました。

私の考えで育児することができるようになったことで、イライラも減り落ち着いて子どもと接することができるようになったのです。

子どものために無理に一緒にいることがいいことだと思っていた私の考えは、子どものために元夫と離れなければと変わり、離婚を決意しました。

Q.離婚に至るまでの流れを教えてください。

初めはお互いの両親を交えて話をしましたが、離婚は応じるが親権は渡さないと平行線でした。

そこで弁護士を立てて調停を行うことになりました。元夫側は1回目の調停で、話しても意味がないので裁判にしてほしいと言ってきました。

私も合意し、調停は不成立。裁判で親権を争うことになりました。

1年くらい裁判のなかでお互いに親権者として子どもをどのように育てていくかを主張し、そこでも平行線をたどっていたため調査官調査が行われることになりました。

裁判所から調査員が保育園と自宅に子どもの様子を見に来て、調査報告で私が親権者で問題ないという内容の報告書を提示すると、彼の態度は一変し、親権は譲ると言ってきました。

最終的には和解という形で離婚が成立しました。

離婚する前に、託児所付きの職場を探しておけばよかった

女性 悩み PCQ.離婚にあたって不安はありませんでした?

金銭面についての不安はとても強くありました。

子どもを産んでからずっと専業主婦だった私は、離婚を決意してすぐに仕事を探し始めました。

まだ子どもたちが幼いこともあり、パートの仕事を探すことにして、ハローワークに通いできるだけ子どもの病気などで休みが取りやすいところを探しました。

パートの仕事だけではとても2人の子どもを育てていくことはできないため、何度も市役所に通い受けられる援助はどのようなものがあるのかなど調べました。

Q.離婚の中で最も大変だったことは何ですか?

役所への手続きは仕事を何度も休んで行いました。

自分の新しい戸籍を作り、子どもたちの氏の変更手続きを行い、子どもたちを自分の戸籍に入れる手続きをし、その合間に母子手当の申請をして。さらに銀行やクレジットカードの名義変更などもあり、とても大変でした。

パートなので仕事を休めば給料は減ります。

できるだけ少ない回数で手続きを進めていきたかったのですが、なかなかうまくいかず手続きをしている間は何度も仕事を休むことになってしまいました。

子どもの体調不良も重なり、なかなか思い通りにいかないことにイライラすることも多々ありました。

Q.離婚前にしておいてよかったと思うことはありますか?

離婚前に早くハローワークに通い、託児所つきの職場を見つけておいたことはとてもよかったと思います。

託児所があることで、保育園が休みの時には託児所を利用し仕事をすることができています。

また、少しでも貯金ができたことで母子手当がもらえるようになるまでの間、貯金を切り崩して生活することができています。

また、あらかじめ市役所に通って受けられる制度を確認していたことで、離婚が成立してすぐに手続きに移行することができました。

申請が通るまでに時間がかかるため、いかに早く手続きを開始するかはとても重要だと思います。

子供たちのためにも、離婚して正解だった

娘 女の子 Q.最後に離婚してよかったと思いますか?

何より子どものためにとてもよかったと思います。

母親の精神状態は子どもにとても影響があります。

あのまま私がイライラした中で生活していたら、子どもたちも精神的に落ち着かず、もっと悪い方向に進んでいたと思います。

私も子どもたちも元夫から解放されたことで、落ち着いた生活を取り戻すことができました。

子どものために父親は必要かもしれませんが、父親がいないことで私たちは今とても充実して親子の時間を過ごすことができています。